南山進流声明の音符と音階 |
音の名前 南山進流声明では、音を出すときの基本音を横笛で出します。その笛を吹けばプーと音が出ます。その音を一越(いちこつ)と名付けます。その一越をもとの音として約半音ずつ上げていき、順次に高い十二の音を定めて、その音にそれぞれの名前を付けて 一越(いちこつ)・断金(たんぎん)・平調(ひょうじょう)・勝絶(しょうぜつ)・下無(しもむ)・双調(そうぢょう)・鳧鐘(ふしょう)・黄鐘(おうしき)・鸞鏡(らんけい)・盤渉(ばんしき)・神仙(しんぜん)・上無(かみむ) と呼びます。よって、上無は一越より6音高い音となります。これが声明の音の名前で、この十二の音を総称して「十二律」といいます。 音階の名前 これらの十二個の音(十二律)の相互の関係を示すために、宮(きゅう)・商(しょう)・角(かく)・徴(ち)・羽(う)などの名称を用います。これが声明の音階名です。 南山進流の音符は短い線をもって音の高低を表わします。また、音符のことを単に「譜」といい、あるいは「博士」と称し、あるいは曲節の高低を墨で示すので「墨譜」ともいいます。 右の図は実際に南山進流声明の教則本で使用している音符です。“字”のまわりに白と黒の線がありますが、この線の向いている方向によって音の高低が決定します。そして、“初重” “二重” “三重” が音の高さを表わします。すなわち初重・二重・三重にそれぞれの宮・商・角・徴・羽がありますから、3×5で十五音から成り立つのです。これをさらに四重、五重、六重と増やしていけば三十音とかそれ以上の音をつくることができます。しかし、三重の十五位とするのが最も便利です。その理由は、四重、五重、六重の音は、人が発声できない音の高さだからです。南山進流では、この三重の音階を使用します。 さらに、この十五位の音の中でも人が発声できる音の高さは十一音です。初重・二重・三重の中で二重という音が中音であって、五位ともに人が発声しやすい高さであります。しかし、初重は徴・羽の二位のみが人が発声できる限界で、宮・商・角の三音は低すぎて発音できません。逆に三重は羽を除いた四位まで発声できますが羽は発声できない高さとなります。すなわち人が発声できる音は図の中の初重の徴から三重の徴までの十一音ということになるのです。よって、図の中の黒い線が使用する音の十一位で白い線が使用しない四位ということになります。 宮・商・角・徴・羽の五音のほかに揚羽(ようう) 揚商(ようしょう)とか反徴(へんち) 反宮(へんきゅう)という音があります。これにつきましては後述いたします。 調子の名前 声明のはじめの「宮」はいずれの音に置いてもかまいませんが、たとえば「宮」を一越の音に置いて「宮」「商」「角」「徴」「羽」と次第に音を出していけば、これは一越調ということになります。また、「宮」を断金に置いて音を出していけば、これは断金調ということになります。このように十二律にそれぞれの調子を置けば、十二通りの調子ができるというわけです。 なお、「平調」「双調」は、音名も「平調」「双調」であり、「平調調」とか「双調調」とはいいません。 |
呂 律(りょ りつ) 声明には中国から伝来したもので「呂」と「律」の二種類の音階があります。これらは人の声を大別したときの名称で、たとえば声の大小、強い音と弱い音、男性の音と女性の音、堅い音と柔らかい音というような分け方と同じで、ただ聞くときの感覚で名付けたものであります。 五音で三重という十五音中、十一の音で構成される音楽ですから、その音の上がり下がりについて一定の制約を設けなくてはなりません。ここに呂 律などの曲が生じてくるのです。 「五音を呂律に分てば、角と宮は呂、徴と商と角は律である」 とか説いてあります。 また、魚山集の中には「呂律事」として ●呂五音 宮 ウルワシク由ル、タトエバ玉ヲ並ベタルガ如シ 商 少シク働ク、フカクハソラズ、直シ 角 スクム 徴 麁ク由ル、タトエバ石ヲ並ベタルが如クス 羽 少シク働ク、又ハ直ク由ラズソラザル也 ●律五音 宮 直シ、但事ニ随ツテ半由アリ、半由トハ直キ音ノ末ヲ少シ動カスナリ 商 ハタラク、ソラシテ働クナリ 角 スクム、又ハユル 徴 細ニ由ルナリ 羽 ソラス と書かれています。 近来の声明家は、多くこのような説を標準として呂 律の曲の区別をつけられました。しかし、これらは呂律の五声について唱える人の用心すべき約束などを説いたものであります。 |
声明には呂と律の音階があります。呂の音階は宮・商・角・徴・羽・反徴(へんち)・反宮(へんきゅう)という七音から構成され、律の音階は宮・商・角・徴・羽・揚羽(ようう)・揚商(ようしょう)の七音から構成されます。その関係を示したものが下図です。 |
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律の音階 | 呂の音階 |
横筋と横筋との間隔は半音ほどの差を示します。呂も律もともに、広い間隔の方は一音ほどで、狭い方は半音ほどです。 呂の音階では、角・徴の間と羽・宮の間とが一音半で、その他は一音ほどであります 律の音階では、商・角の間と羽・宮の間とが一音半で、その他は一音ほどであります。 |
中 曲(ちゅうきょく) 南山進流声明には呂・律のほかに中曲(ちゅうきょく)という音階があります。これは日本でできた音階で、広沢遍照寺の寛朝僧正によってつくられたといわれております。しかし、この中曲についての詳しく説明されたものがなく、ただ半呂・半律といわれるのみでありました。すなわち、呂律の中曲として伝えるのみで、音階として具体的な説明がされていなかったのです。これについて、先徳の声明家や研究家によって中曲の研究がなされてきました。しかしながら、残念なことにこれが中曲ですというという提議ができず、はっきりしたことがわかりません。諸説がある中、いまは中曲の音階を呂律混合の音階として表わす説に従うことにします。これに基づいて図に示せば下図のようになります。 |
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中曲の音階 |
十二調子(じゅうにちょうし) 呂律の曲というのは、五音と十二律との関係から生ずるそれぞれの音律旋法であります。呂旋法は宮・商・角・徴・羽・反徴(へんち)・反宮(へんきゅう)という七音から構成されます。また、律旋法は宮・商・角・徴・羽・揚羽(ようう)・揚商(ようしょう)の七音から構成されます。しかし、呂律各七音から成り立つというものの、その主体となる音は宮・商・角・徴・羽の五音であるということが基本です。中曲も呂律の曲に順じます。 この五音七声を十二律と照合すれば以下のような表になります。 |
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上の図は宮を一越に置き、音符特有の関係を失わないように七音をとったものです。宮を一越に置いていますので一越調になります。ちなみに、宮を上無に置きますと、上無調ということになります。従って、上図は一越調の呂、律、中曲の音階を図表にしたものです。 なぜこのような音階が作られるのかといいますと、まず十二律に基本音である五音を配当してみます。ある場合は一音の間隔があき、ある場合は一音半の間隔があきます。これを実際にお唱えしますと音律の変化なめらかな音律が失われます。そこで、各音の間隔と変化を一定し、音律の妙味を出すために反徴・反宮、揚羽・揚商が設けられたのです。それも常に一定の法則をもって作られたのです。 以上のように、声明には三十六の調子が成り立ちます。しかし、これらすべてを使用しているわけではなく、南山進流声明では十二律の中の一越・平調・双調・黄鐘・盤渉の五調子だけを使用します。しかも、呂曲は一越調と双調の二調子、律曲は盤渉調と平調の二調子、中曲は黄鐘調のみを使用すると決まっています。これを図表にしますと以下のようになります。 |
盤 渉 |
黄 鐘 |
双 調 |
平 調 |
一 越 |
律 | 中 曲 |
呂 | 律 | 呂 |
三 | 二 | 一 | 五 | 四 |
なお、図表の下の一二三などの文字は、魚山集の図表によるものを添付したのですが、声明理論門では一越為本で一平双黄盤の順序でありますが、実際に音に出しますと双調・黄鐘・盤渉などになりますと、音が高すぎて男性の肉声では発声できないということから、双・黄・盤の三調子は一階下にさげて音階をつくったものです。したがって、発声部門では双調為本となり、双黄盤一平となることを示しています。 |
反音曲(へんのんきょく) 呂曲の中に一部分が律曲に変化したり、律曲の中に一部分呂曲に変化する曲があります。これは反音曲の中の曲中反といいます。下図はこれを示したものです。 |
平調律曲 | → | 双調呂曲 |
双調呂曲 | → | 平調律曲 |
一越調呂曲 | → | 盤渉調律曲 |
盤渉調律曲 | → | 一越調呂曲 |
たとえば平調律曲の中で呂に変わる場合は双調呂曲になるということです。また、移調の法則に従って高さを変えて唱える場合があります。よって実際は種々の調子を用います。 |
反音曲には曲中反のほかに七声反・隣次反・甲乙反があり、この四種類の反音曲を合わせて「四種反音曲」(ししゅ へんのんきょく)といいます。 |
順八逆六の法 南山進流声明は、音の基準を横笛に置くことに定められ、旋律の基礎になる音階が五音を中心にして構成されていることは、一般の邦楽に用いる音階と同じであり、その音階が和音の法則によって構成されていることもまったく一緒であります。これについて、『音曲秘要鈔』にはこれについて次のように述べています。 ○一音 宮の音これなり。したがって何れの調子にても、そのときの調子の宮の音その主なり。これすなわち甲と名づく。 ○二音 宮・徴の音これなり。これすなわち名づけて甲乙の二音となす。 ○四音 宮・商・角・徴の音これなり。 ○五音 先の四音の上に羽の一音を加う。この五音というのは略を去り広を除く。一切の音曲に通じて皆これを用う。呂・律・中曲に皆五音あり。 下の図は「十二調子甲乙図」といいます。甲乙、乙甲はいわゆる順八逆六の理法によって得られる和音であることを示しています。たとえば一越の甲(一越の宮)は順(時計回り)に八個まわると黄鐘の乙(黄鐘の徴)となり、逆に一越の甲から逆(時計と反対回り)に六個まわると黄鐘の乙になる関係です。はじめの甲乙は宮と徴の七音程度、次の乙甲は転回和音で徴と商の五音ほどの関係であります。『音曲秘要鈔』にはこれについて、「甲乙は宮徴上下の音なり」といい「宮徴の二音は呂律同位、商角羽の三は少し高下の建立あり」といいまた、「宮徴の二音は律呂同なり、商角羽の三はすなわちこれ異なり」といって、宮徴の関係は完全協和音で動かないこと、商と羽には旋律法に揚音があり、角は呂律の施法によって半音の高下があることを述べています。この呂と律との二つの音階は普通に知られているものです。 |